大学で立ち上げた団体での初ボランティア

5/3〜5に大学で立ち上げた団体で念願のボランティアに行ってきました!!
今回の活動は大雨の影響により、急遽活動が中止になり被災地の視察となりました。
視察場所は
釜石→大船渡→陸前高田で最後に住田町のホールで現地の方々と
世界的に有名な竹楽器の演奏を聞かせていただきました...

視察はバスの中から県内の被災地各場所を視察する形となりました。

今まで自分の目で見たことがなかった大船渡では

たくさんの船が
当たり前のように陸地に並んでいるのを目の当たりにし

1年以上たった今でも震災の跡が町の至るところに残っていること

それと同時に
今まで自分が経験した1日の作業を考えると
1年でここまで作業が進むまでに
どれほど多くの人が日本の各地から
この土地に来て協力し合ったのか

想像するのは難しいけれど
計り知れない人の温かさを感じ
なんだか胸が熱くなりましたました。

また住田町での演奏会は、現地の方が演奏会を開くに至った経緯などを聞かせていただき

町の方々が、ずっと震災被害にあったこの土地と共に生きていくために
何年かけても町を復興させるという力強い思いを聞き

自分が生まれ育った
たくさんの思い出の詰まった
町への愛着を感じました。

今回は活動こそ出来なかったものの

大雨の中でも視察のために何台もバスを出してくれたボランティアセンターの方々や

視界の悪いなかずっと安全運転をしてくれた運転手さんにも

とても感謝すべき1日となりました。

ただ、どうしても心残りだったのは

学生には安いとは言えないお金を費やしてまで
参加してくれた1年生たちに
私たちが

実際の作業を通して伝えたかったこと

自分の目で見て感じてほしかったこと

それの半分も伝えられなかった自分の不甲斐なさで
悔しくてたまりませんでした。

本当はもっと視界のいい時に町中を眺めてほしかったり

最初は全く知らない人達でも
同じ目的のために一生懸命協力すると

1日でとても不思議なほどの絆が生まれること

本当はもっともっと

沢山のことを感じてもらって

この活動に参加して良かった

と心から思ってもらえるような活動にしたかったです。

それでも、ある1年生は
『ナナさんが雨降らしたんじゃないんだから、そんな謝らないでくださいよ!!(笑)』

と言ってくれて
他の1年生たちも今現在、次の活動に向けてみんなで積極的に取り組んでくれます。

今回の活動での何よりの収穫は

この素晴らしい6人の1年生たちと出会えたこと

そして今まで必死に準備をしてきた私たち上級生同士の
強い強い絆が出来たこと
だと思いました。

この人と人との絆は他のどんな物にも変えがたい価値があると感じました

大好きな10人との絆は
これからも深めていきたいと思います。

そして今回、この活動を実行するまでに
たくさんの励ましの言葉やアドバイスをくれた
『めもり〜旅行』で出会った皆さん

応援してくれた友人達

協力してくれた大学の職員の方々

いろんな方に支えて頂き、企画は成功し
全員無事に帰って来ることができました。

皆さんほんとにありがとうございます。

活動こそ出来なかったものの、自分たちの目指すものに
確実な一歩を踏み出せたと思います。

これから大学での活動報告会や
第2回活動などのことでまだまだ忙しくなりそうですが

限りある時間を
自分にとって有意義なものにしていきたいと思います。

そして最後にモエモエさん!!

わざわざ遠野まで来て頂いて、本当にありがとうございました!!!!

すっっごく嬉しかったです!!!!

またみんなでめもり〜旅行に参加する日を楽しみにしてます(≧ω≦)

今回活動に参加した皆さん
本当にお疲れさまでした

これからもよろしくお願いします。


ななナナ


401639_120316768104543_100003786604

続きを読む "大学で立ち上げた団体での初ボランティア" »

2012年5月13日 (日)

編み会+縫い会報告~仙台青葉まつりに参加します~

仙台は、薫風の季節を迎えています。

まさに、今が『杜の都』の盛りといえるでしょう。

どの季節でも美しいですけどね。

来週末の5月19日(土)、20日(日)に、仙台を代表するお祭である仙台青葉まつりが開催されます!

昨年は、震災の影響で開催されず、名物のすずめ踊りも披露できることなく、寂しいこの時期でしたが・・・

今年は元気いっぱい!沢山の意気の良いすずめの大群が見れることでしょう!

一昨年の秋に転勤してきた、歴女の私にとっては、武者行列も初めてなのでワクワクです!

できれば参加したいくらいですw

お祭りは、中央通、一番町通、そして定禅寺通と、勾当台公園、そして市役所前の市民広場で主に行われます。

その、市民広場で、今年は、被災地や宮城の食、物産を扱った『杜の市』がたちます。

その中で、円形の広場で『手仕事元気アトリエ』という場所があります。

そこに、福田町南一丁目仮設の皆さんが、『編み会』というブースを出しています!!

販売品は、こちらのブログでもご紹介した、福田町の「福」ろうストラップ、ご縁があるように「五円」銭亀マスコット、アクリルたわし、そしてお人形貯金箱です!

Cimg5462

(福ろうストラップ)

Cimg5469

(カラフルアクリルたわし)

Cimg5582

(お人形貯金箱勢ぞろい!!)

また、現在、仙台津波復興支援センターでも販売している、『いのちの笛』(詳細はこちら)も販売する予定です。

今回は作った仮設の皆さんが直接販売いたしますので、ぜひ沢山お話していってください。

Cimg5470

(こんな感じで作ってます)

結構皆さん、陽気です。

現在、寝ないで(!?)誠意作品準備中ですので、青葉祭にお越しの際は是非!是非!お立ち寄りくださいね!

ご来店、心よりお待ち申し上げております!!

(野村陽子)

2012年5月11日 (金)

編み会+縫い会報告~募集させていただく手芸材料を少し限定します~

さわやかな季節になったな・・・と思いきや、かなり不安定な天気ですね。仙台も、あたたかかったり、今日は肌寒かったりで、風邪をひきやすい状況になっているのではと思います。


突然の豪雨、竜巻。
茨城の竜巻被害、TVでしか拝見していませんが、一瞬にして屋根が吹き飛ばされる光景は、津波同様、自然がどれほど巨大で圧倒的なものかを見せ付けられました。

早速ボランティアに入っている友人のブログを見ると、被害が竜巻の通ったところということで、地上からだと被害場所を見つけるのに手間取るとのことでした。

地震同様、竜巻もいつ起こるかわかりません。
でも、ただ怖がってばかりいないで、遭遇したらどうすればいいのか、今、ここでどこに逃げればいいのか、どんなことを注意すべきなのかを考える機会を持つことがすごく大事だと思います。
心構えをしていると、いざ遭遇したときにずいぶん違うはずです。



さて、本題です。
仙台市宮城野区沿岸、岡田地区の皆さんが入居されている仮設住宅で行われている、編み会+縫い会の報告です。

いつも、こちらのブログにて、皆さんにハギレなどの手芸材料を送っていただいています。
おかげ様で、全国各地から、本当に沢山の皆さんにご支援をいただきました!ありがとうございます!

送っていただいた材料は、津波復興支援センターのコンテナハウスに運び、材料ごとに分け、在宅避難者や借り上げ仮設の皆さんには、その中から希望のものを好きな分だけお渡しして、仮設の皆さんにもそれぞれ希望に合ったものをお届けする形をとっています。

その中で、皆さんがより必要なものの傾向が大体はっきりしてきたので、ご支援いただく材料を、少し限定させていただきたいと思います。


<ご支援を特にお願いしたいもの・人気の高いもの>

・着物地(絹、木綿、化繊・ウールなど、また襦袢地も大歓迎!)、帯地など、和柄のもの、そのハギレ
(アクセサリーや、針指しやティッシュケース、パッチワークにしてポーチや巾着などの雑貨、帯地もバッグなどを作っている方が多いです)

・アクリル100%の毛糸
(アクリルたわし用。編み会を行っている3箇所の仮設の皆さんが沢山作ってます。そして、一番の売れ筋です。福田町南一丁目仮設の皆さんが作る、お人形型貯金箱にも使います)

・夏用毛糸(レース糸・普通のコットンヤーン)
(特に港南西公園仮設の皆さんが、レース編みで自分たちの着るチュニックベストを作っています。また、マスコット作成などにも使っています)

・キルティングの生地
・キルトの綿



<ご支援をお願いしたいもの>

・綿の生地・ハギレ
(大きいものでも、小さいものでも大丈夫です。その布の大きさに合わせて、パッチワークを楽しんだり、大きな布一枚で洋服を作ったりされてます。)

・ビーズ、レース、バイヤステープ、ファスナー、ボタンなど
(ビーズは、特にマスコットの目にしたり、マートルの皆さんはアクセサリーを作ったりしてます)

・針、はさみなどの手芸道具

・ミシン



<一時ストップをお願いしたいもの>

・着物地以外のウール地

・裏地用などのつるつるした生地

・ウールなどの冬用毛糸

・合皮などの特殊生地

(今のところ、なかなか希望される方が少なめです)




以上、すごく細かくなってしまいましたが・・・
ここまで読んでくださってありがとうございます。

そして、今、すでに手配されたり、準備をいただいているものに関しては、そのまま送っていただいて大丈夫です!
どうぞよろしくお願いします!


あて先はこちらまで↓

〒983-0003
宮城県仙台市宮城野区岡田字南在家110-6
TEL&FAX 022-259-0731
仙台津波復興支援センター「野村」宛


『編み会の毛糸在中』『縫い物会の布在中』などと書いて頂くと
大変助かります。


いつもご支援いただきまして、また、生地にご注目くださってありがとうございます。
これからも、見守っていただけたらと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。

(野村陽子)

Cimg5493

Cimg5495_2

Cimg5496

Cimg5497

Cimg5492

(写真は、仙台市若林区六郷周辺の借り上げ仮設にお住まいの皆さんのグループ、マートルさんの作品です)

2012年5月 4日 (金)

仙台からお久しぶりのご挨拶

Photo_120503_15_39_01

お久しぶりです。スタッフの新沼です。

このゴールデンウィーク、みなさまいかがおすごしでしょうか?「ボランティアしに行くぞ!なんて気合をいれていたところ、大雨で断念。」なんて方もいらっしゃるのではないでしょうか。ゴールデンウィーク以降もボランティアのニーズはありますし、ボランティアツアーは継続して企画されていますので、引き続き参加を検討いただけたらと思います。

助けあいジャパンが提供するボラバス情報は → こちら

さて、私は急遽仙台に出張しています。ご存知の方がいらっしゃらないかもしれませんので、ここ最近のご報告を2点させていただきます。

■助けあいジャパンは公益社団法人になりました。
助けあいジャパンはボランティアチームとして活動を開始し、昨年秋ごろに一般社団法人の認定をいただきました。これにより、正式な団体組織となったわけですが、更に今年3月24日に公益社団法人の認定をいただきました。これにより企業様との連携でもメリットを出すことができ、更なる連携事業の促進が可能となったわけです。もちろん責任もより重いものに変わりました。継続した事業を行い、東日本大震災の支援とともに、今後あるであろう次の震災に対する備えのお手伝いをしていきます。

■情報レンジャー@宮城が運航し、仙台市内に東北事務局を開局しました。
情報レンジャーは、TOYOTA様を始めとしたご支援をもとに、現地雇用による現地の情報収集(取材)と発信を行うプロジェクトです。その事業が宮城県の正式な事業として採用いただき、情報レンジャー@宮城として運航しています。それに伴い、仙台市内に共同スペースを使って事務局を開設しました。ここが宮城県だけでなく、岩手県や福島県との事業準備も行う拠点となります。

今回私が仙台にきたのは、この東北事務局での打ち合わせと情報レンジャー@宮城に同行するためなんですが、仙台も東京同様大雨です。昨日情報レンジャーに雨の中同行したのですが、それはまた後日書きたいと思います。

皆様のご支援のおかげて助けあいジャパンは継続した活動を行っております。引き続きご支援等いただけますよう、お願いいたします。

では、また。

2012年4月27日 (金)

モエモエの「ともにあゆむ」とうほく応援日記 Vol.2(宮城県七ヶ浜町)

4月21日
七ヶ浜での活動は今日で通算21日目。
今回も本当にステキな出会いに恵まれました。(今回の七ヶ浜は、添乗員として行ってきました。)

ご一緒だった方が作業の様子や今回のツアーについて、詳しくblog upされていましたーー!
(ご本人の了解も得ています)
つたえること つづけること わすれないこと

確かに、ボランティアって、誰かの困難な状況を共に乗り越えていくお手伝いなんだけど、
でも、そこに集まる人達は本当にステキな人ばかりで、感心しっぱなしで、心が動かされます。
だから、「また来なければならない」というよりも「また来たい」と、思うんです。

もちろん、「続けていかなければならない」事ではあるけれど、
「また来たい」と思う気持ちがあれば、続けていけるのではないかと思います。
その気持ちを共有できた事、本当に嬉しく思います。

ワタシがボランティアをしていると、「偉い」とか言われる事があるんだけど、「偉い」なんてこれっぽっちも思っていない。
「楽しいから続けている」
この方が自分の気持ちに近い言葉だと思う。

今週末もまたバスに乗る。
次は、どんな出会いが待っているのだろう。


モエモエ

2012年4月26日 (木)

「忘れないこと・続けること・伝えること」(宮城県の南三陸町)

4月13日(金)~16日(月)<実働2日間>、宮城県の南三陸町にボランティアに行ってきました。

同じボランティアバスに参加した人から、ボランティア活動で大切な事は「忘れないこと・続けること・伝えること」だと教えてもらったので、伝えさせて頂きます。

生まれて初めてのボランティアでした。

「直接的な支援活動をしたい」と思いながら、中々行動に移せなかったんですが、やっと行ってきました。

ボランティアの内容は、
・瓦礫、ガラスの撤去
・ワカメ漁業のお手伝い
・駐車場の砂利敷き
・ペンキ塗り


Photo
畑のガレキ撤去

Photo_2
沿道に花を植えました


ほんの少しですが、直接的な支援活動が出来ました。

まだまだ復興の道のりは長く、ボランティアの力も、行政の力も、どちらも必要だと感じました。


Photo_3
ワカメ漁業

Photo_4
取り残された船

ボランティア休暇を通じて、かけがいのない体験が出来、有意義な時間を過ごすことが出来ました。

ボランティア休暇を与えてくれた会社、気持ち良く送り出してくれた支店のメンバーに感謝です。

今後もボランティア活動を続けていきたいと思います。


村田庄平

「田圃の春・・・」(宮城県七ヶ浜町)

自分が始めてヴォランティア活動で
七ヶ浜町に入ったのは昨年5月末。

... すでに震災から2ヶ月半が経っていたが
跡形のない家、落ちた港の岸壁、
あちこちに車、あり得ない場所に舟・・・。
側溝の清掃では潮の香りと人工物が混ざった
異臭を放つ。

青々とした瑞々しい稲が育つであったであろう
田圃には車や舟や家の一部や冷蔵庫、洗濯機、
家電品や家具に小物、生活の伺えるものが
散乱していた。
人が入るのを拒むかのような惨状に
元気に鳴く蛙の声だけが虚しく響いていた。

そんな光景にただただ唖然とするばかりだった。

それ以来、7、8、10、12、1、3月と数回ほど
七ヶ浜町で活動させてもらい復興が徐々に
進行している光景を目の当たりにしてきた。

散在していた瓦礫は集積所に堆く盛られ
住宅地であった場所も基礎を残して
きれいになった場所も多く一見して
大まかではあるが片付いたようにも思える。

今回4月の参加は始めて田圃の瓦礫清掃だった。
528659_2959247706245_1413098549_320

広々とした田圃は津波の影響であろうか
一面砂に覆われそこに点在する瓦礫。
それは荒涼としていて4月の曇り空の下では
とても寒々しい。

ヴォランティアによって点在する瓦礫は
数ヶ所に分別して集められ集まったところで
土嚢に詰めていく。
地味だが地道にしていかねばならぬ作業。
544814_2959257546491_1413098549_3_2

瓦礫の中には生活を伺わせるものもあり
更にあの時嗅いだ異臭にハッとした。
その後漂う何とも云えない気分。
562862_2959301467589_1413098549_320


じっと見てはいけない、いけないんだと
何度も自分に云い聞かせる。

まだしばらくはこういふ作業は続けられて
いくであろう。
これを終えないと終わらないとこの田圃には
春は来ないのだなと思った。

今はまだ砂に覆われ瓦礫残る乾いた田圃。

----------------------------------------------------
砂埃(5)
舞う田に春の(7)
兆しなし(5)
----------------------------------------------------


にれにれ・・・

2012年4月25日 (水)

仕事の復興に向けて ~「よみがえれ南三陸」の挑戦

個人ボランティア@fujimotsです。

引き続き月1回のペースで南三陸町へボランティアにお伺いしています。
2月は市街地の片づけ、3月にはワカメの仕分けのお手伝いをしました。4月の末までがワカメ出荷の最盛期、漁業の復興につながるワカメの出荷にもボランティアがお手伝いに入っています。こちらについては他の方がレポートをされていますのでご覧ください。(「ワカメの仕分け作業@宮城県本吉郡南三陸町」

さて、4月はボランティア活動の後、南三陸町で仕事の復興のために取り組まれている方とお会いしてきました。
昨年から南三陸町でのボランティア活動に従事する中で、秋くらいからでしょうか、がれきや町の片づけが必要な場所が残っている一方で、それだけでなく、大勢のこの力を、漁業や農業、個人商店など、仕事の復興への継続的な支援に向けることが必要ではないかと感じていました。
ボランティア団体でも早くからこのような支援に取り組まれてきた団体もあります。そして今回お会いした中島さんは、現地に根を据え、事業として産業の復興に挑戦をされています。

「一般社団法人よみがえれ南三陸」は、震災直後直後から南三陸町に長期滞在し、町の復興のために活動されてきた中島響さんが昨年10月に設立された団体です。
南三陸町の地域の復興、特に地域経済の復興に貢献したいとの想いから、南三陸町の漁協、商工会等の協力を得て立ち上げられました。
 活動として、ボランティア活動を支援する事業、水産業のインフラ整備、販売促進、雇用促進に関する事業、地域の経済資源の確保や被災者の生活支援につながる事業を目的として活動をされています。
実は中島さんとは、私が初めて南三陸町へボランティアに行った昨年6月、歌津の馬場中山という集落でご一緒したことがあります。重機を操り先頭に立ってがれき撤去をされていた姿を覚えています。
Img_intro
代表の中島さん

中島さんから「よみがえれ南三陸」の活動についてお伺いしました。

* * * * * * * * * * *
■設立の趣旨は?
 震災1か月後の昨年4月に鹿児島より南三陸町に入り、被災直後の時期から、がれきの撤去や片づけをボランティアとして手伝ってきました。町の人とともに震災から一歩を踏み出すお手伝いを続ける中、次の段階に必要なことは基幹となる漁業の復興だと切に思うようになりました。
 南三陸町は漁業の町。漁業の再生が町の復興に必須です。
 そのためには、ボランティアとして片づけのお手伝いをするだけではなく、地元の漁業・商工関係者と協同し、産業、特に漁業の復興を事業として行うことが必要だと考え社団法人を立ち上げました。

■現在行っている事業について
 漁業の復興には岸壁の整備、加工場の整備、船や養殖設備の確保など、県や国レベルでの資金が必要になります。これらの整備にはまだ時間を要する一方で、漁師さんたちは共同で船を購入し、まずはワカメの養殖に取組み、まさにいま収穫が行われています。
 その一方で、長期的に考えると、個人で船や加工場を再生するには先立つものがなく、金融機関に融資を依頼しても断られる状態となっています。
ならば、漁師さんたちが海に出ている間、奥さんやご家族が何らかの形で少しでも就労し、現金収入につなげること、少しでもお金が循環する仕組みを作ることが必要と考え、現在「雇用創出事業」を行っています。まず第1弾として「ウイルスブロッカー」という製品の製造作業を事業として行っています。
また、各地で開催されるイベントの際にブースを出展し、南三陸町の方が手作りで作られている貝殻キーホルダーや携帯ストラップ等を販売する活動なども行っています。

■雇用創出事業とは?
 第1弾として「ウイルスブロッカー」の製造を請け負い、町内から現在15名の方を雇用し、内職として製造作業を行っています。今後、新しい作業場を設けることを予定しており、それが設置できれば最終的には30名の雇用を予定しています。
Photo_5
これがウイルスブロッカー

「ウイルスブロッカー」とは首から下げるネームホルダーのような形のケースに入った、ウイルス・細菌の除菌に威力を発揮する製品。神奈川県平塚市に本社を置く、エンブロイ株式会社より、「南三陸町のために、ぜひご支援をしたい」という切なる申し出があり、業務提携として実現した事業です。
 現在、被災されたお宅の女性の方を中心に製造作業が行われ、出荷を行っているとのことです。
Photo_6Photo_7
作業の様子

■今後の展開と、いま必要なこと
ウイルスブロッカーの製造は最初の第1弾。製品の製造に限らず、地元の人の就労につながる事業を模索し、少しでも雇用と収入につながる事業を創出していきたいと思います。
そのためには、エンブロイ社からのご縁をいただき行っているウイルスブロッカーもそうですが、被災地外から資金と仕事を誘致し被災地に雇用と収入が落ちていく仕組みをつなげることが必要です。そのために南三陸町の復興活動に協力していただける企業・商店のご協力を求めていきたいと思います。製造や加工などの業務委託という形もあれば、現地で生産される手作り品を販売していただけるという形の協力もあります。小さな事務所から始った雇用と経済の循環を、少しずつ大きく、安定的な循環につなげていきたいと考えています。
そして、最終的には複数の事業活動が軌道に乗り、町の人々の雇用と就労を支える事業体として継続していける形で、この事業体を、町の人に引き継ぎたいと考えています。
いま必要なことは、次につながる事業のご協力、そして「よみがえれ」の活動に賛同し協力いただける企業・個人の会員を求めています。また、南三陸町で同じ思いを持ちそれぞれ活動している団体が連携を取りともに協同していく仕組みを作れないかと考えています。

* * * * * * * * * * *

中島さんと1時間ほどお話をお伺いしました。
しっかりと目を見て静かに語りかける姿に、静かながらも熱く燃える意志の力を感じました。
(お話しいただいた内容・写真については確認の上、ご承諾を戴いています。)

この挑戦を応援したいと思います。
ぜひ、皆さんにもお知らせしたいと思い今回レポートをさせていただきました。
そしてぜひ、皆さんにも、この取り組みを、企業あるいは個人として応援していただければと思います。


冨士本 大祐 (@fujimots)

2012年4月23日 (月)

モエモエの「ともにあゆむ」とうほく応援日記 Vol.1(宮城県気仙沼市/宮城県南三陸町)

4月14日
仮設住宅脇に畑を作る。との事で、気仙沼市内の、ある仮設住宅へお手伝いに伺いました。
”9世帯分に均等に区分けをする”というのがこの日のミッション。
Photo
最近までは雪に覆われていたこの場所に、ふきのとうが春の訪れを知らせてくれています。

私の中のイメージは、”市民農園”。
縦横に3等分、杭を打ち込み通路を作ってミッションは終了。
去年の11月に1度、ボランティアの手によって大きな石が取り除かれたそうですが、”市民農園”にはまだまだ遠い。
杭打ち作業が早く終わったので、手で拾える石を拾うことにしました。
シャベルで少し掘ると、まだまだ大きな石もたくさん出てきます。それらも拾い、拾い、拾い続けること3時間。
だいぶ畑らしくなった頃、作業終了。

側を流れる川は、イワナやヤマメが釣れるほど美しい川。
空気も水も美しいこの場所に、どんなに美しい花やおいしい野菜が実るのか、想像しただけでもワクワクしちゃいます。

2日目 4月15日
南三陸町で新たに建てられているコミュニティスペースのペンキ塗り。
ウッドデッキに水性の防腐剤を塗り塗り。乾いたら更に油性の防腐剤を塗り塗り。
Photo_2
Photo_3
建物の側には食堂もあり、今後この隣にはカラオケBOXと銭湯が出来るとの事。
地域の皆さんが、自然と集まって話したりする、そんな場所にしたいと、おっしゃっていました。
GWまでには完成予定だそうですので、次に来る時には完成してるかな。
楽しみです。

今回は、新しく作られる物に携わる事のできた2日間でした。

「懐かしい未来へ」
Photo_4
南三陸町の防災対策庁舎のすぐそばに書かれていた言葉です。
この短い言葉の中に、ものすごくたくさんの物が詰まっている気がしました。

モエモエ

2012年4月21日 (土)

人のつながりの在り方(宮城県気仙沼市面瀬地区)


3月12日から4日間、宮城県気仙沼市の面瀬地区の仮設住宅にボランティアに行かせて頂いた。
Photo


Photo_2


553856_262430837180041_100002393816

受け入れていただいたのは日本ホスピス研究会(略して日ホスさん)という、仮設住宅、避難所にいらっしゃる住人の方々の生活、暮らしに踏み込んだケアを行っている団体である。
日ホスさんの始動したきっかけは阪神大震災に遡る。この際、避難所、仮設住宅でコミュニティをどう形成していくか、そしてそこでどう暮らし、生活を築いていくのか問題になった。
避難所で形成されたコミュニティが、仮設住宅の入...居の際、バラバラになってしまうという問題があった。そうして、住人は継ぎ接ぎのコミュニティの中で、外に出づらい環境になってしまった。
こうした環境の中で孤独死となくなった方は160人 を越えた。もうこのような悲劇が再び起きないようにと立ち上がったのが日ホスの黒田さんである。
ただ、そこに住んでいる人の安否確認であれば誰でもできる。そのレベルではなく、その人が何を思い、どのように生活しているのか、暮らしに踏み込んだケアをしていく。
それが日ホスさんの活動の根底にある。 その精神の元で日ホスさんは日々、仮設住宅訪問を行っている。

今回はその仮設住宅への訪問の同伴、また、集会所でのお茶会、朝のラジオ体操に参加させて頂いた。
たったの4日間であったが、当たり前のことが当たり前にできない自分へのもどかしさ、そしてそこから一歩踏みだした多くの学びに気付かせて頂いた。

特に仮設住宅への訪問は初めは何とも言えない緊張感を伴った。 時に失敗し、午前、午後に行われる本気のミーティングで厳しく指摘されたこともあった。しかしそれらの言葉はすべて、真剣で、真実であった。
まず一つ目に「主役が相手」である、ということ。ボランティアは「してあげる」という気持ちでは自分が主役になってしまい、相手のニーズを無視した自己満足になってしまう。
そうでなく、あくまでも相手が主役で、相手のニーズを何よりも先に捉え、それに対し自分に何ができるか考える。それが達成されてから自分の目的、課題を考えていくべきなのである。

二つ目に、あくまでも、相手は自分たちとなんら変わりない「人」であるということ。
仮設住宅の住人、被災者として見ることはつまり自分が「観察者」となり、相手を「観察の対象」と化してしまう、間違った見解になってしまう。目の前で話し、語る人は同じ「人」である。
当たり前と言ってしまえば当たり前であるが、被災地という、私たちにとって非日常的光景の中でふと、忘れそうになってしまう。当たり前のことだからこそ、意識しなければ忘れてしまう。

三つ目に、相手の目を見て、同じ高さから、相手の立場にたってものを考えることを常に意識するということだ。
これも人と接する基本として 本当に当たり前のことである。だが、これができていなければ、本当の人と人とのつながりは生まれない。

これらの言葉はボランティアをしている時だけではなく、これから日常生活を過ごす中でも十分に通用する言葉であった。
今、心に残るものはボランティアをする前に想像していたものよりずっと人間臭く、重みがあって深みがある言葉ばかりである。
4日間、本当に多くのことを学ばさせて頂いた。私はその反面何を残せたのか。これが残せた、と言うことはボランティアの自己満足であると私は思う。
私はこれからも、「寄り添って」いきたい。また必ずここへ戻ってきたい。そのアクションにつなげることが、今私のできることである。
自分は花を、植物を手入れすることが好きだから、早く暖かい春がきたらいいのにと思うんだけど。ある仮説訪問で花の蕾を優しく触りながらそう話していらした方の言葉が今も忘れられない。
東北に、気仙沼に、面瀬に、 満開に咲いた花弁をそっと撫でる、春の風が吹くことを祈っている。

長々と読んで頂き、ありがとうございました。

ちなみに写真は気仙沼の3月14日の状況です。昨年夏に訪れた宮城県七ヶ浜の状況と類似している点があり、震災から一年経ってもこの状況であるということに驚きを隠せませんでした。
被災地から求められているニーズはより繊細で多様化したものとなってきています。これからも継続的に多くの人が東北に関わっていくことを願います。

中央大学二年 武内優里子

続きを読む "人のつながりの在り方(宮城県気仙沼市面瀬地区)" »

2012年4月19日 (木)

ワカメの仕分け作業@宮城県本吉郡南三陸町

3月24日~25日
今回は、ワカメ加工のお手伝いです。
2月から4月末までは、ワカメの収穫の最盛期。
2日後の出荷に向け、加工場は大忙しでした。

1日目。
海水で湯通後、加圧脱水したワカメの茎と葉の部分を分ける作業です。
この作業は全て人の手で行われ、簡単そうに見えても、葉を切らないようにするにはコツが要ります。
茎の部分はおつまみやしば漬けに加工されたりもするそうです。
Photo_4


黙々と慣れない作業を続ける私たちとは対称的に、お母さん達は楽しそうに、おしゃべりをしながら作業をしています。
地元の言葉はよく分からないけど、楽しいということが伝わってきます。


昼食。
めかぶはまるで機械で切ったような細かさですが、お手伝いに来ていたおばあちゃんが包丁で切ったそうです。
コリコリ感と磯の香りがたまりません。
おばあちゃんの手作りの茎ワカメの漬物も、やさしい味が癖になり、ついつい手が伸びてしまいました。
Photo_3


午後になるとようやく作業にも慣れてきて、会話にも参加できるようになりました。
ですが、1時間ほど作業を終えたところで迎えが来てしまい、この日はここまで。
「このままにしておくから、明日もまたおいで」と言ってくれました。


2日目。
前日に引き続き、ワカメの加工のお手伝いです。
少しでも慣れた人に来てもらいたいとご指名を受け私たちは、作業場へ向かい、前掛けを付け、作業を始めます。

程なくして、めかぶをたくさん積んだトラックが帰って来ました。
この日は朝早く船を出して取ってきたそうで、そちらの作業もお手伝いしました。
特殊なカッターでめかぶと茎と切り分けます。そうして切り分けられためかぶは、生のまま袋詰めされ、工場に運ばれました。
そちらでパック入りのめかぶに加工されるそうです。

めかぶを切り分けた後に、めかぶのしゃぶしゃぶを頂く事に。
お湯に入れた瞬間、茶色かったワカメは、とてもキレイな緑色に変わります。
それをそのまま直接ガブリ。贅沢な食べ方です。
Photo

一緒に作業をして話をしていると、昨日まで他人であった事を忘れてしまいます。
突然来た私たちを本当に温かく迎えてくださり、懐かしいという気持ちまで芽生えてしまいます。
それで、「また来たいなぁ」と、思うんです。

帰り際、出荷用に袋詰めされたワカメを頂きました。
大切な物を頂いてしまった申し訳なさと、自分の作業がカタチになった物を手にした嬉しさでいっぱいになりました。
本当にありがたかったです。

天気は晴れたり曇ったり、突然雨や雪、あられが降ったりと、ころころ変わりました。
1日のうちで、こんなに天気が変わるのは、春がすぐそばに来ている事を表しているそうです。
Photo_2


モエモエ

続きを読む "ワカメの仕分け作業@宮城県本吉郡南三陸町" »


2012年5月

    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31